なぜ煮ぃだんごなのか

農家の煮ぃだんご推進委員会委員長の半谷(はんがい)さつきです。
日々、東久留米市をアピールする商品について妄想しています。

Blogはやっていませんし、FacebookやTwitterでも自分の考えを発信することはあまりないのですが、煮ぃだんごが東久留米の宝の一つだと思い、委員会発足につながった経緯と、これまでの想いを記します。

5月3日はひまわりの日

東久留米市内、あらゆる所に畑があります。
誰がどんな思いで野菜などを作っているかなんて考えることもなく、畑を風景の一部としか認識していなかったような気がします。
その感覚をくつがえしたのが「5月3日はひまわりの日」実行委員会に初めて出席したことでした。

»東日本大震災被災地支援イベント「5月3日はひまわりの日」:ひまわり物語

全体の話し合いの後、イベント当日に販売するすいとんグループに加わりました。
材料の確認などの会話の中、(武)がつぶやいた一言に、私の脳みそが激反応しました。

「すいとんすいとんって言うけど、うちらの中じゃ煮ぃだんごって言ってたんだよね。」

これじゃん!
なんですいとんって呼んじゃうの?煮ぃだんごって言おうよ!!!

この時から「煮ぃだんご東久留米ご当地グルメ妄想」が始まったのでした。

東久留米 昭和の記憶

北多摩郡久留米町の頃から住んでおり、東久留米市立大門中学校一期生(ということで歳がバレる)です。
小学校は二小で、通っていた頃は二小のすぐそばに牛が数頭飼われていました。
雨の日は、フン混じりのぬかるみを通って登校したものです。
家の周りでは、夜中に「(逃げた)豚に会った」なんて話もありました。

「公害」という言葉が一般的になった頃であり、落合川はドロドロ状態でした。
そのため、多くの人の地道な努力のおかげでどんなに水がきれいになっても、「平成の名水百選」に「落合川と南沢湧水(ゆうすい)群」が選ばれても、残念ながらその記憶が消えることは無いまま過ごしてきたのです。

東久留米への愛着の目覚め

東久留米北口駅舎イラスト

東久留米北口駅舎イラスト

2010年5月に現在の駅舎となった東久留米駅。
今は影も形もない東久留米北口駅舎を覚えていますか?

かなり以前から聞こえては来ていましたが、2007年に解体決定の知らせを聞き、それまで無かった感情が湧きあがりました。

「北口駅舎を残したい!」

解体への反対運動をしたいなどということではなく、自分の手元に形を残したいと思ったのです。

ひばりヶ丘駅を利用することの方が多く、感覚的には「ひばりヶ丘市民」でした。
けれど、西口も東口も無かった長き年月を、唯一の改札口として頑張ってきた北口駅舎がものすごく愛おしく思えて、写真を撮りイラストデータにしたのです。

東久留米への認識を変えた2011年3月11日

あの日、いつも通り、自宅でPC仕事をしていました。
突然の揺れにまずはPCをシャットダウンし、左手でパル(老犬パピヨン・2011年8月に死去)を抱きかかえ、右手で大切なPC本体を抑えていました。
本棚の最上段から、整理できずにためていた大量の雑誌が落ちてきました。
揺れが収まり、外から「すごかったわねぇー!」「ホントよぉ。」等々、近所のおばちゃんたちの声に一安心してNHKをつけると、津波が押し寄せる中継が目に飛び込んできました。
しばらくテレビから離れられずにいましたが、外はどんな具合かとやっと動いて窓ごしに見えたのは・・・

いつも通りトラクターに乗って農作業をしているおじさん!

身体から力が抜けました…。

春一番が吹く頃は作物が少ないこともあって毎年砂ぼこりに悩まされ、家の前の畑を恨んだこともありました。
さすがに最近はそんな思いは無くなりましたし、直売所で毎日のようにそこの畑の野菜を買えるという恩恵も受けていましたが、日々の小さな幸せでしかなかったのです。

震災後の数日間は買い物に出ることもなく、いろいろな商品が売り切れていること・照明が落とされて町が暗い、などの情報をネット上で得ていましたが、約一週間後にスーパーへ行って、その現実を目の当たりにしました。
けれど、そのスーパーに向かう途中で「いつも通りに流れている落合川」を見て、東久留米の平和な自然への感謝の気持ちが溢れてきたのです。

生産者と個人商店

何となく抱いていたのは「農業する人=おじ(い)さん」。
なんと狭義で失礼なイメージ!

地方の若くてかっこいい生産者がメディア等で取り上げられるのは見ていても、身近にそういう人々がいることを全く知らずに過ごしてきた数十年でした。
それが、5月3日はひまわりの日実行委員会メンバーに、「若くてかっこいい生産者」がたくさんいるではありませんか!

サラリーマン家庭で育った私にとって、土地を守って生きている人たちの話は何もかも新鮮で興味が尽きません。
母屋のある敷地内に入ると空気が違う!…ちょっとした旅行気分。
消防団をはじめとしたいろいろな地域活動に深く関わっていることも、これまで耳では聞いていても全く理解できていなかったので、ひたすら「へぇー!」。

そして個人商店。
東久留米北口近くのお店「PURE HOUSE たけうち」(※2013年6月末日で閉店。2014年現在「宅配たけうち」にて宅配事業を運営中。)の店長・竹内 信雄は、二小・大門中時代の同窓生です。
個人商店の疲弊・商店会の衰退が叫ばれる中、いろいろなアイデアを形にして頑張っています。
彼も消防団に所属していたので、生産者たちとは先輩後輩の仲。
「農」と「商」の結びつきには不可欠な存在として、本委員会に入ってもらいました。

地場農産物の活用

東久留米市内には、ケーキ屋・和菓子屋・パン屋等々、独自開発商品を売っているお店はたくさんあります。
そういうお店や居酒屋など飲食店が東久留米産の野菜を負担なく仕入れる方法は、一部地域を除いて現在はありません。

煮ぃだんごを飲食店メニューに入れていくために、商業者への地場農産物提供が動き始めます。
数店から始める取り組みが東久留米市全域に広がることを目指していきます!

2012年9月 東久留米発!農家の煮ぃだんご推進委員会委員長 半谷 さつき


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